雲上流 村岡松華堂について

京都御所の傍らで代々宮中の行事を飾る造花造りの家柄であり

江戸時代の雲上流造花の開祖、華林伊右衛門の唯一無二の伝承の家系です。

 

平安の歌人 在原業平には「 我が贈る 君がためにと折る花は 時しもわかぬ ものにぞありける 」

という歌をその枝に結んで恋人に贈った故事が残ります。

この故事が雲上流造花の始まりといわれています。

 

雲上流十三世である村岡登志一さんは、幼少の頃より父の仕事を見て育ちました。

27歳で家業に専念し、60年以上に渡り富枝夫人と二人三脚で有職造花を作り続けています。

雲上流の技を伝える唯一の継承者ですが、後継者がなく本物の技の行く末が危惧されます。